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めくら [詩]





   めくら



私は薄ガラスの向うの世界

ガラスの表面で青葉の枝々が 夏の風にゆれ動いている

しかし私には蔭の感触があるだけだ

どんなに晴れていても 直接陽のさしこまない世界



遠くで花火の開く音がする

しかし何時まで待っても明るくならない

ガラスの表面がこきざみにふるえているだけだ

そしてその後にはいくら素手で払いのけても

じっと動かない空白が降りている

私の肩の上にはつめたいくらいに深い空が載っている

しかし しみこんではこない

青さの奥を太陽が不安な顔のように裸足で通って行く

けれども私の中を通り過ぎて行くのは さわやかな夏の蔭

見えない負の風ひんやりした肌ざわり

そして風のもってくるかすかな匂だけ



馬のまなこによどんでいる海の匂

遠く地平の向側に降っている 雲の匂

或いは 記憶の中の夏の街角にまかれた水の匂

病院の匂

ーーそして蔭も匂も一日だけとどまっていて

消毒液のように消えていく



 あわただしく夢を追いかけてやってくる者の気配しかも私の中へは入

ってこないで私がしんと立っているのに気づいて不意に立ち止まりやが

てひっ返していく足音の谺だけ



 時たままぎれこんでくる夢も私の中にも夢を捕えようと待ちぶせてい

る者の居ることに気づき私の真空の世界から逃れようとしてはばたきや

がてかすかな翅音だけを残して去っていく



ああ人々は知らない

青葉の枝々のゆれ動いている向うの

誰もやってこない広場のような私の中に

紫外線をさえぎる透明な膜がひかれた時から

待たされている者の居ることを

かくれ場所が見つからなかったかくれんぼの子が

誤ってかくれに来て そのままかくれ続けていることを

その子も捕虫網で夢を捕えたがっていることを

太陽も海を風を素手でつかまえたがっていることを

何よりもかくれ場所からとび出して

大声で鬼に見つけられたがっていることを

しきりに 夕焼けのにじんだ網膜を

ガーゼで洗っている者のいることを













 『日本詩集』 1960(S35)年 



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