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現代的と伝統的   (その1) [評論 等]





   現代的と伝統


 詩の原質であり、それ自体として本来自律

し、自己完結すべきはずのうたが、作者の観

念的な饒舌によって敷衍され或る場合には概

念的に記述される。そしてむしろ概念的記述の

部分に詩の批評性なるものを見、そこに重き

を置いて、詩の価値を評価する、といった誤っ

た傾向が次第に醸成されつつあるように思わ

れてならない。つまり詩の散文化が促進され

知らずしらずのうちに私達は、詩の原質たる

うたを水割りしてうすめ、作品の背後にある

沈黙を消し去り、読み手の創造作用を無用と

するまでに記述し尽し説明し尽してしまって

いる。詩がやたらに「情況」だの「告発」だ

の「崩壊感覚」だのといった現代的な借り衣

裳を重ね着し、読み手は現代むきの衣裳

を重ね着し、読み手は現代むきの衣裳のき

らびやかさに眼を奪われるといった有様が一

般化しつつある。詩の裸身は着ぶくれた衣裳

の下でやせ細り、読み手は衣裳模様に目移り

して自分で思考することを停止してしまって

いる。厚着をしている者にどうして現代の

「情況」などが肌を通してじかに感じとれる

だろうか。「告発」は俊敏な知的行為と具体

的な行動・実践を伴う。厚着して身動きなら

なくなっている者に、どうしてそのようなこ

とが実地に出来るだろうか。











 以下、その2へ続きます。

  「詩学」 1969(S44)年 10・11月合併号




 


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