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あたたかさ・純粋さ   (その1) [評論 等]





   あたたかさ・純粋さ



土屋五郎詩集『さむさむ』(地帯社刊)

 詩誌「銀河手帖」の別冊詩集の一冊とし

てこの詩集は刊行された。同誌が刊行しそし

て私が今迄に読んだ別冊詩集は、総じて感銘

深いものが多かったが、土屋氏の詩集もま

た、生活する人間の汗と体臭と体温に培われ

た人間的なあたたかさを湛えている点で、読

む者の心に感銘を与える。

 現代詩は質的にさまざまな傾向をたどり、

表現技法も多岐にわたっているが、第一級の

作品は、つづめて言えば、作品の根底に人間

的な温かさを湛えているものである。心の温

かさは人間の純粋な魂にかかわりを持ち、そ

こから生じきたる。「才能」というものが文

学に必要であるとするならば、「才能」とは

人間の持つ純粋さであり、その多寡を言

うのであろう。心のあたたかさとか魂の純粋

さを言う場合、これらに関する本質規定が一

方ではやかましい問題になるだろうが、しか

し心のあたたかさとか純粋さとかいったもの

は、難解な抽象語の授用を得て初めて解明さ

れるような性質のものではなかろう。もっと

単純で明解なまぎれようのない心の働きであ

り、私達の胸に直接つたわってくるものであ

るだろう。





   にじ

 

 この街はにじの街

 街角に立っていると

 沢山の人々がぼくに

 にじをみせてくれる

 くつみがのおばちゃんが

 動いているカニを売っているおっちゃんが

 地下タビ姿のハチマキのあんちゃんが

 道路掃除のおっちゃんが

 日焼けした黒い顔で

 節くれの両手で

 尊いにじを売ってくれる

 ぼくはにじを買いに

 よくここに来ます





 ここにうたわれている「にじ」は、沢山の

人々がにじを見せてくれるという見方で人間

を捉えることのできる作者の心の美しさが、

何よりもよく表われている点で美しいのであ

る。人々が「尊いにじを売ってくれる」の

は、とりもなおさず、作者が「にじ」を買う

ことのできる心を持っているからにほかなら

ない。土屋氏は「尊いにじを売ってくれる」

沢山の人々の例として、つつましく働きそし

て「日焼けした黒い顔」をした人々をあげて

いる。そういう人々を対象とする点でこの詩

集は一貫している。











 以下、その2へ続きます。

   「詩学」 1969(S44)年 12月号



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