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あたたかさ・純粋さ   (その4) [評論 等]





塔和子詩集「分身」自家版

 この詩集もまた土屋氏の詩集と共に、私が

今月読んだ二十冊程の詩集の中で最も感銘を

受けたものであった。この詩集には七十一篇

の詩が収められているが、一篇々々が新鮮

で、それぞれ独自の詩世界を展開しており渋

滞することがない。





   言葉の糸



 私は

 太陽の下でうけとめた現実をたべて

 胃の腑の中で消化させたものから

 おもむろに繊細な糸を吐く一匹の蜘蛛

 なにに向かってなにを毒し

 なにを浄化しなければならないという悲壮な希いはない

 ただありのままの私を吐露するだけだ

 私は言いたい言葉の中にだけ現れる

 私の吐き出す言葉の糸から

 不信を見るのも真実を見るのも

 あなたの目の底にある鏡の作用にかかっている

 私はただ

 あなたの鏡の反射で

 突然光る一本の糸をのこしておきたい

 あなたがどんなに無視しようとしても

 立ち止まらざるを得ないほど

 あなたをとらえる一本の糸を

 そのためにのみ

 孤独な作業をくりかえす

 まことに小さい

 一匹の蜘蛛





 七十一篇作品がとり扱っている素材は多

岐にわたっているが、塔氏の詩の主題は「存

在」についての究明と「言葉」に関する探索

という二点に要約することが出来るように思

う。「存在」究明の範疇には当然のことながら

自己の生死に関する問題が含まれているし、

自己の生死にかかわるものとして自然や、愛

の問題が見据えられている。「存在」や「言

葉」に関する探索、究明がライトモチイフに

なっているという点で、塔氏の詩は形而上的

傾向を有するが、しかし塔氏の詩世界は形而

上的特質を持ちつつそれらの傾向の詩がおち

いりがちな観念過剰の弊害からまぬがれてい

る。それは塔氏が世界、現実、存在等に関し

て一定の観念や見方をあらかじめ用意しそれ

らを手がかりとして対象を選びとってくる、

という態度を持たない、むしろそれとは逆

に、「現実をたべ」すべての現実を「うけと

め」、そして「消化させ」るという本来的な

詩人の態度を堅持しているがためなのであ

る。更に言えば、塔氏の形而上的傾向は「な

にを浄化しなければならないという悲壮な希

い」をあらかじめ用意することによって得ら

れたものではなく、あらゆるものを「胃の腑

の中で消化させ」そして「ただありのままの

私を吐露する」という氏の詩的営みが、究極

に於てもたらした特質なのである。

 念のため触れておきたいが、「なにを浄化

しなければならないという悲壮な希いはな

い」「ただありのままの私を吐露する」とい

うことは、決して詩的営みを自然発生的なも

のとして見ているのではないし、あらゆる

「私」を無自覚的に容認しているのでもな

い。「私は云いたい言葉の中にだけ現れる」

というストイックな詩句とてらし合わせてそ

れは考えられるべきであろう。











 以下、その5へ続きます。





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