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牛 [詩]





   牛



何千年も前から 牛はうなじをのばし

ぽつんと草を食べている

水溜りの底からのぞいている 自分の顔を飲もうとしている



地平の方から押しよせて

またひいていった季節 季節も

それを消すことはできなかった

ゴムまりのように彼の「生」は

先へ先へ 青空の果てへ

わきめもふらず 草の上をころがって行ってしまった

そうして牛はいつも

地平のこっちのがらんとした原っぱに残された



もしかしたらそれは 屠殺された牛

青空でいくらこすっても消えない影

人間の空腹の底へ いくら連れ去ろうとしても

前脚をふんばって動かなかった

曳かれていった牛の「生」がふみ脱いでいった「飢え」かも知れぬ



彼の澄んだ聴覚は風のそよぎの底にひらき

彼の食欲は 原っぱを隅から隅まで食いつめていった

絨氈を端からまるめてゆくように



柵などというけちなものはとっくに消化してしまった

柵の向うのかこいのない広さも

広さの果ての地平線も

地平線の上にのっかっていた空も

太陽まで舌の上で溶し 唾液をいっしょにすべらせて

飲み込んでしまった



だがいくら食べても

牛の腹には広い原っぱがある

消化しきれないはてしない空腹のように

誰も遊びに来ない地平線がひろがっている

その上にそっと 深い空がおりている



牛のつぶらなまなこが

面とむかってのぞきこんでいるのは

とめどなく遠い空腹だ

牛は永久に飢えているのだ

きりのないよだれをたらし



そうしてさらに 牛は

反芻しながらゆったりと移動する

飢えの方へ











   「罌粟」創刊号 1959年 1月20日発行



タグ: 飢え 罌粟
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