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子供たち   コメント [詩]





 僕に二才の甥がいる。僕の家の庭続きに住

んでいるので、ほとんど一日中僕の処へ遊び

に来ている。僕と甥とは互いに良い遊び相手

だ。時々甥は蝉になる。そういう時僕は木に

ならなければならない。甥は僕の木にとまっ

て涼しい声で鳴き始める。するといつか僕は

甥のために青空に枝をはった高い高い木に変

身している。

 甥は電線にとまっている燕と話をしてきて

その様子を僕にきかせてくれる。僕の家の近

くに排水所があるが、そこの排水口にむかっ

て甥は話しかける。しゃがみこんで動こうと

もせずいつまでもいつまでも話している。排

水口の奥から甥がかえってくる。甥にとって

は、そこに不思議な人が住んでいるのだ。

 甥が何時までも僕と仲良しでいてくれるよ

うにと思ってこれを書いた。











 「現代詩手帖」 1961(S36) 4月号



子供たち [詩]





   子供たち



子供たちは変身する

オルフォイスのように

大人たちにはもう見ることのできない

深々とした空を映した二つの眼のむこうで

彼らの変容は音もなく行われる



雨が

ほとんど無音に近いかすかな音と水溜り

そして家並や景色を降る前と寸分違わぬもと

 どうりの姿で青空の下に残して

路のはずれから何処へともなく去るように

蒸発皿の底のわずかな水が

蒸発時の冷気だけをかすかに残して乾いて消

 えるように

彼らは彼らの中から消え去る



彼らの脚には眼に見えない速力がひそんでい

 る

けれども彼らの実際の足はよく歩けないから

大人たちが彼らの体に合せて与えた

程よい広さの世界や囲いをそこに置いたまま

 で

遠く出かけてゆく

囲いの中に異様に深い二つの眼だけを残し

その眼に今迄と変らぬ景色を涼しく映したま

 ま



彼らは別の青さの空がひろがっている世界へ

 入ってゆく

別のさわやかな夏がひそんでいる世界

別の音の世界へ出かけてゆく

誰にも見えない世界

子供たちだけに見える世界へ



彼らは姿を消し 足音を消して

その世界を歩く

風が通り過ぎるように



わずかに木々の枝々と

空を映した表通りの素ガラスが

通り過ぎてゆく気配に不安そうにふるえてい

 る



姿を消した彼らはその世界のはずれで

本当の海の深さとつめたさを見てくる

無色の彼らはいつか海の色に染まる

そして彼ら自身深い海になって帰ってくる

海に変容した彼らは夜どおし敷布の上であふ

 れそうにしている

見ひらいた二つの眼のむこうで遠い海鳴りが

 きこえる



雨に逢うと無色の彼らは雨になった

そして通りの木々やガラスを濡らしながら

その世界から青ざめた唇をして帰ってきた

彼らはその世界ではじめて風の顔を見る

風は何時も坂の上から白い顔をして下ってき

 た

その白い顔のまま木々の葉とひそかな声で立

 ち話しているのを盗み聞きしてくる

空を焦がした遠い国の火事について

夕焼けの道のはてに立ち

片頬を赤く染めて渦巻く泣声をあげていた迷

 い子について

夜明けに死んだ者達についてーー

そして透明な彼らは風になる

それらの火事や子供たちの姿を眼の中に入れ

 て

風と同じ白い顔をして帰ってくる

一晩中彼の体の奥でことこといって風は鳴って

 ている



そして或る日 どこからか帰ってきた子供は

いつまでもいつまでも泣いている

どんな慰めの言葉もお菓子もだまらせること

 ができず

子供は夢の中まで泣いてゆく



子供をとりまいて大人たちは囲いをつくる

囲の中から決してぬけ出さぬように

大人たちは囲いの外からのぞきこんで

時に海になり時に水溜りになる彼の体の深み

 に

薬を沈める

けれどもそれは彼の体の中でたちまち化学変

 化して

彼の海や水溜りをいっそう深くする



そしていつか泣き止むと

彼らはまた出かけてゆく

大人たちが気づかぬ中を息をひそめて

手をはなれて飛んでいった風船をどこまでも

 どこまでも

追いかけてゆくように 何物かにひきつけら

 れて

彼らは囲いをぬけて出かけてゆく



自分の小さな囲いの中に

何物か遠い一点をみつめている異様に深い二

 つの眼だけ

時に音もなく笑ったり涙をながしたりしてい

 る二つの眼だけを残して
















 「現代詩手帖」 1961年 4月号



家屋 [詩]





   家屋


おびたたしいまばたきに濾されて

眼は 外に 世界を置いたまま

その者自身の内部を素通しにした



空を映し 夏を映し

木立の繁みや 夕焼けや

そして 路のはずれからやって来た細い雨など

その時々の映像を濾過しては しだいに澄んでゆく眼の

ガラス越しに見る彼の内部は

「時」に掃過された旧い家屋の内部のようだ



留守を深めてひろがる「生」のなかに

繊細な内部構造がひそんでいた

土間や 廊下や……

廊下のはずれには勾配の急な階段などもあり

裏窓を通して背後の世界がつきぬけて見えることもあった



かすかな血の匂いと

稀薄な消毒液の匂いにただよわせ

時に 風にふきぬけられて



誰も住んでいる気配はなかった

永年住んでいたはずの悲哀も思い出

「時」の掃過にいつしか消され 今は

がらんとした「生」の間どりが残っているだけだったが

時々 水の流れるかすかな音がしていた

素ガラスに夕焼けが映えている頃

台所や洗面室のある「生」の奥の方で



独りとどまった魂が

眼に濾されて入ってきた世界を

水洗いしているのだろう



血を流して 真直ぐに墜ちてきた鳥や

受けとめてやれなかったことを

悔やんでいる空の深さや地平線

腹を裂かれた魚のイメージ

沈没した船の残像と水平線

船と共に沈んでいった者たちが

最期にあげた短い叫びや そのあとの沈黙

或いは 半分現像されただけの人の顔や

水と共に洗面器に脱いだ 魂自身の

青ざめた表情といったようなものを



魂は「生」の奥処に住み

時に 廊下のはずれや土間のあたりにまで出てきて

まばたきの合間から 立ったまま

外を見ていた



見ることによって魂は 世界を発掘していた

そしてそれを現像しては 沈殿させていた

「生」の深みに 鮮明な形象として



彼の思念の廂は世界の中へ

ますます深くさし出され

廂の下の翳りの中でまばたきを重ねる眼は

彼自身の内部構造を素通しにしていった



「時」の掃過にさからって

彼は世界の中へ○更に深入りしていくだろう

まばたいてもまばたいても

濾過しつくせぬ世界の中へー

繊細な内部構造と

立ったままの魂を連れて

時に 水の流れる音をさせたりして











 「詩学」 1972(S47)年 1月号

 ○は字がつぶれていて読めませんでした。




足跡 [詩]





   足跡


  Ⅰ



 何回となく其処から出て行かねばならなかった。其処

は出発点だったから。すべてが其処から始まった。外に

雨が降っている日、雨の中に姿を消して遠く出かけた。

そしてまた雨と一緒に帰ってきた。或る時は天気、或る

時は夕焼けと一緒に帰ってきた。何回となくもどってき

たが、すぐまた出て行かねばならなかった。どんなに運

んでも肩の上の重みは運びきれなかったから。そのくり

かえしを続けて、その者はだんだん消えてなくなった。

窓から、のぞいた顔が消えるように。今は地層の底から

掘り出された道のほとりに、所有者のない足跡が二つ、

揃えて脱ぎ捨てたゾウリのように残されているだけ、其

処に立ちそして其処から出入りした者はいない。



   Ⅱ


 今ではもう、其処には誰もいない。雨に洗われた青空

が足跡のすぐ上に遊びに来ている。しかし青空をかすか

に震わせていたそよ風もしんと止み、空が一層青さを深

めると、二つの足跡の上に人の形をした何者かが立って

いるのが見えてくる。かつて足跡を印した者が其処に立

っていたと同じように。すべての気配をそっと消してこ

ぼれもせずに立っている。彼はずっと立ちつづけてきた

のだ。足跡が其処に印された時から、足跡が地層に埋も

れ地上から消えた時も、二つの眼を開いて大地の底に同

じ姿で立っていたのだ。雨が降る以前から立っており、

青空をせいせいと洗って雨が通り過ぎた後も立っていた。

わたしにはだんだん見えてくる。何もかもはっきりと見

えてくる。

 足跡の上に二本の脚が立っている。そしてさらにその

上の方に、青空の中に消し忘れた電燈のように、悲しげ

に少し小首をかしげ青ざめた一つの顔が浮かんでいる。か

つて其処に立っていた者の顔がそうであったように。顔

は二つの眼を開いている。まばたくことを忘れた水溜り

のように深々と。二つの眼はさまざまなものを映してい

る。さまざまな空、濃い色の空、薄い色の空や、さまざ

まな光景を、きのうの出来事のように鮮かに映している。

 わたしはその眼が映している一本の道を見る。眼がた

どったようにわたしもまたその道をたどる。道の上を奴

隷達が行き来している。奴隷達は肩に重い荷をになって

いる。足跡の上に立っていた者がになったと同じよう

に。強い日ざしが彼らをてりつけている。彼らは汗を流

している。彼らの喉は渇き、彼らの肩は息をきっている。

やせた胸、その下に充たされぬ空腹の原っぱが拡がって

いる。彼らと同じようにやせた彼らの影が道にくっきり

と倒れている。道のはずれに砂漠が拡がっている。砂漠

のむこうに運河が見える。運河に船が浮んでいる。岸辺

にも奴隷達が列をなしている。彼らの肩にひもがくい入

っている。彼らが一列になって動く。それにつれて船が

ゆっくり動く。幾人もの彼らの背中に鞭がふりおろされ

る。その度に彼らの背中がもだえる。彼らの顔が悲痛に

ゆがんでいる。足跡の上の顔がゆがんでいると同じよう

に。ころがり倒れたまま、もう動かぬ奴隷達がいる。

 ずっと遠いはずれにごみごみとかたまっている家並が

わたしに見えてくる。狭い路、きたない路。路に一匹の

犬の影もない。井戸のまわりに女達が見える。女たちは

いっしんに悲しみを洗濯している。そのようにしてゆす

がれた心が、夕闇の中で白くひるがえっている。坂の上

に夕日が止っており、夕暮は音もなく坂をくだり始めて

いる。それにつれて次第に長くなってゆく自分の影を曳

きずって、一人の女が坂の上で声をあげている。その女

が運河のほとりに倒れていた奴隷の身内の者であること

をわたしは知っている。泣き声はつめたい空に響いて、

いつまでも消えないでいる。



   Ⅲ



 掘り出された道のほとりに、脱ぎ捨てられたゾウリの

ように二つの足跡が残っている。誰がその足跡をわたし

達に残していったのか、その者の名をわたしは知らぬ。

そしてその足跡を地層の底から掘り出した者が誰かもわ

たしは知らない。もうその足跡の上には誰もいないから。

ただわたしは知っている。かつて足跡を印した者が其処

に立っていたと同じ姿で、今も苦痛がじっと立ちつづけ

ていることを。深淵が立っているように立っていること

そしていつまでもいつまでも肩の重荷をおろせずにいる

ことを。そのため今だに自分の足跡を消せずにいること

を。肩の荷をおろしてくれる者を待っているように。も

う耐えられぬというように。

 かつて其処に足跡を印した者が、その上でそうしたよ

うに、時としてそれは足跡の上で立ったまま泣いている。














 「詩学」 1961(S36)年 6月号



手 2 [詩]





   手 2


手の奥に ほとんど無限に近い数の手の輪郭がしまわれている。ティシュペー

パーのように。ティシュペーパーのように 手は わずかに水に濡れても捨て

られ 重みに破られてはまるめられ その都度 真新しい輪郭が奥からひき出

されてきては ひろげられる。 手の輪郭がいつまでも尽きないように祈って

心は さまざまな「思い」を 手にせっせと祈りたたんでいる。











 「詩学」 S58年 11月号



 [詩]





   手


手の世界の濃淡は 手の下に潜む内部構造の深浅に即応して変容する。魂の波

だちにつれて(それにやや遅れはするが)手も波だち 「思い」の移ろいに即

して 手の陰影も移ろう。けれども 時に 直接内部構造にもたらされた「驚

き」は 手を経由する手続きを省略して 外にじかに現れる。手はまだ 心の

驚きに気づかず 平静さの中に住んでいる。やがて 内部構造が落つきをとり

もどした頃になって やっと訪れた驚きに手はにわかに侵されはじめ 震えを

しだいにつのらせてゆく。











 「詩学」 S58年 11月号




火事 [詩]





   火事


古くから受継がれてきた火事が

今も ぼくらの内で燃えつづけている。

魂の空を焦がし

地平線のあたり 家々の屋根を浮きあがらせて。



妙に静まりかえった内部のその街には

人影もなく

消防自動車サイレンもきこえない。

出火原因の究明も

類焼面積の調査もなされた形跡がなく

火事は 燃えるにまかせて放置されている。



誰も自分の火事に気づきながら

誰もそれに気づかないふりをしている。

時々ぼくらは相手の眼をのぞきすぎて

そこに火の手を認めると

互いにあわてて視線をそらし

急に話題を変えたりする。



ぼくらの生が始まると同時に

何者かによって放たれた火は

ぼくらの生を焼きつづけ

悔恨の灰燼をあとに残し

魂の空を焦がしながら燃えひろがってゆく。











 「詩学」 S58年11月号



力(ちから)についての註釈 [詩]





   力についての註釈


註1


それは人の身内(みうち)に潜みつづけ

吐く息 吸う息を操ってぼくらの呼吸を整えながら

その合間に しばしば

「生」の内部構造の底から

魂の深みを汲み上げてきては 喉にこぼす。

ーー井戸水を汲み上げてきては こぼすように。

汲み上げられた量によって 魂は

強弱さまざまな叫び声となり つぶやきとなり かすれ声となり

また すすり泣きの声となり 歌声となり……

あるいは母音と子音の響きを伴った言葉となって

外に洩れる。



註2


それは姿を持たず 地下水のように

変幻自在にぼくらの感覚の下をめぐっているけれども

その総量は一定である。

それは感情をひたし 魂をみたし 思念を翳らし

そうして 満ち引きを繰り返しては

体の部分々々にそれぞれの陰影をもたらす。

それがどこからともなく差してくる時

筋肉はわずかにふるえながら 湿りを帯びる。



註3


それは沈黙に似て深く

沈黙に似て捉えようがない。

「どこに」いるのでも 「どこか」に在るのでもない。

すべてに偏在するのだ。

それは 複雑さの極みに潜む単純さであり

単純さのなかに含まれる複雑さだ。

抽象であると共に具体であり

演繹的でありつつ帰納的だ。

肉体に属しながら 同時にそれは精神に属している。

一度としてそれは それ自身としての姿を見せたことがない。

しかし すべての行為の真中に それは来て 立っている。



註4


遠い潮騒のように

はるかかなたで

寄せては返すかそけき気配を繰り返していた それは

腕のつけ根を迂回して

不意に手にみちてきて

重みを吊るし 物を運び

垂直に沈む重力を支え 落下を受けとめ

水を汲み 器をみたす……

しかし時としてそれは 途中で急に何者かに呼ばれて

精神の内奥へ引き去ってゆく。

俄に萎えた手から物はこぼれ落ち あとかたもなく壊れる。

内から拒まれて立ちつくす手の

にじんでいる血や 痛みの下に

重みの余韻が いつまでも消えずに蔭を落している。



註5


それは眼のうしろの暗がりに そっと来て

伏せたまぶたをひらかせる。

翳りの奥では まなざしに深さを与え

まぶしい光のなかでは 眼を細めさせる。

しだいに視界は広がりながら澄みはてて

やがてぼくらの内部に 遠い海が見えてくる。



それはまた 内耳の奥にだまって立ち

まだ幾分ふるえている真新しい聴覚をひらかせる。

透き徹った皺をのばしながら。

朝毎に 濃淡深浅さまざまな色に澄む

朝顔の花びらが

外気にうながされて そっとひらくようにして。



註6


少女らの内側を それはしのびやかにめぐって

その肉体に起伏と陰影をもたらし

胸にしのび入っていつしか乳房にふくらみと弾力を与え

血のあげ潮をいざなう。

そして夜ごと 彼女らの体を開かせたり閉じさせたりする。



註7


それは前触れもなしに走りだす。前かがみになって。

意志もそれをとどめることができない。

意志のとどかぬ先をは走って行くのだから。

脚をはるかに越えた速さのために

追いつけずに脚をしばしば縺れる。

激しい息づかいだけがわずかにそれについてゆく。

驚いて見送る心を置き去りにして

それはやがて 後姿を見せたまま

遥か彼方の世界に消える。



註8


一方に片寄り過ぎてそれが現れる時

ぼくらの内部構造はバランスを失って傾く。

汲みためられた水がこぼれそうになるように

心や魂はゆれてやまない。

だが それとほとんど同時に別の力が働いて

ぼくらをもとの位置にひきもどそうとする。

そしてしばしば ひきもどし過ぎて

かえってぼくらを逆の方向に傾ける。

本来の位置に重なり得ずに たえずに左右にずれつづけるぼくらの存在。

だがその不安定なゆれの間隙に

ぼくらの「生」は位置を占めながら内部構造を垂直に組み立て

しだいに世界を深めてゆく。



註9


時あってそれは 精神を遡る。

感覚が濾して沈めた映像や陰影をひたしたまま。

やがてそれは 心にみちて意志となり

魂に澱んで思考の奥ゆきとなり

胸に湛えられて感情の襞となる。

そしてふたたびそれは体の隅々に下ってゆき

それぞれの部分に濃淡さまざまな淀みをもたらし 翳りを与える。

噴水が上昇と落下を繰り返しながら

はてしなく還流しつづけるように。



註10


一日が暮れる頃

「疲労」の形に人を残して

それは感覚の下を どこへもなく引き去ってゆく。

わずかに吐く息 吸う息となって

ぼくらの呼吸を整えているばかりだ。

だがそれはまたすぐ戻ってくるだろう。

そして内側から人を促して 「疲労」の中から立ち上がらせ

ふたたび人を歩かせて 昨日よりも遠い世界へ行かせる。











 「詩学」 S56年 4月号


若干の註釈 [詩]





   若干の註釈


   ⅰ 飛天

          ーー薬師寺東塔


飛天は青空を見あげ

それからしずかに眼をおとした

あまりにすべてがみえすぎて

こっそり笛をふこうとした



けれどもはるかな宇宙のはての

ガラスの机の上に笛を忘れてきてしまったのを思いだし

(秋の陽だまりの中でそれは何千年の感情をひそめたまま鳴らない)

凍った水煙の中で

飛天は眼をつむり

しずかな宇宙の運行をきいた

遠い空のはてをだまって歩いている

神々の跫音もひそかにきこえ



今日も地球は秒速三十キロの速さで

深い天気と それから

天気のはずれに細く降っている雨の中を通りながら

太陽のまわりをとんだ



笛を忘れた飛天は また

青空を見あげ

それからしずかに眼をつむった



その間に 歴史は重そうに吐息した



   ⅱ 地球


ぼくは地球をおとした

地球といっしょに景色をおとした

そして引力をうしなった

宇宙の運行をはるかにききながら

はてしない底へおちていった



おちながら引力のなんであるかを知り

地球のかなしみをはじめて知った



その時ぼくは

もう一度地球に帰って

みんなと仲良く暮したいと思った



どんなに貧しい人もばかにせず

どんな生意気な奴とも喧嘩せず

そしてどんなつまらない景色をみすてず



ぼくはおちながら知った引力のことや

地球がどんなに小さいかといったようなことを

人々としずかに語りあいながら……



宇宙のはてをころげおちながら

ぼくははじめて心からそう思った










 「詩学」 S55年 1月号



稀薄な男たち [詩]




   稀薄な男たち


彼らは沈黙の領域にひそむゲリラであり

ぼくらの生の内部に

繊細な 眼に見えぬ 秘密組織をはりめぐら

 している。

その環(わ)はしだいに拡げられて

すでにはるかに ぼくらの生の場所(スペース)をはみだ

 している。



すべてのゲリラがそうであるように

彼らもまた いっさいの内的秩序の破壊をめ

 ざして

地下に潜行した。

言葉の既存の意味と響きを破壊し

感覚及び感性の慣性を否定する。

彼らは見えるものを信じない。

語られる意味を肯んじない。



「詩人」であることをすら彼らは恥じらい

「詩人」にそむいて沈黙の領域へ遠く立ち去

 っていった男たちだ。

それゆえに彼らの存在は

ぼくらの生の深みにまぎれて稀薄であり

彼らの輪郭を鮮明にたどることはほとんど不

 可能だ。

ガラス越しに見極めようとする家屋の内部構

 造のように。



だが彼らの聴覚は 稀薄であるゆえにいっそ

 う敏感にひらいており

ぼくらのそれより一回り広い彼らの視野は

透視力に富んで澄んでいる。

わずかに窺い得た彼らの表情は憂愁にみち

彼らの手はかなしそうに垂れている。

時あってその手は故なく撃たれた小鳥を吊し

 て重い。



彼らは常に孤独であり

そのパーソナリティーは確固として保たれて

 いる。

彼らは多数の中の少数であり

少数である以前に個人だ。



彼らはいっさいの信頼を破棄することによっ

 て彼らの信頼を培い

あらゆる連帯を峻拒することにおいて連帯する。

彼らの信義は 信義を肯んじないことによっ

 てからくも成り立っており

組織の破滅をめざす共通理念によって

彼らの秘密組織は組織されている



彼らは沈黙を唯一の武器とし

想像力の駆使によって世界を再構築しようと

 心がけるーー



海に関する総てのイメージを解体し

彼らは 海をただ原初以来の深さとつめたさ

 において認識する。

彼らの感性は夕焼けをいかなる意味づけから

 も濾過し

その色と広がりにおいて純粋に現象し 魂に

 沈める。



彼らが一人の人間を量るために必要とするものは

その者の頬に光るただ一滴の涙で充分であろう。

彼らは量られないものによって量り

語られないものについて語る。



彼らはぼくらの魂の曠野から遥かに来て

「現在」を横切る。



その時 ぼくらの唇から血の気は失せ

頬笑みは頬に消え

眼は恐怖にみひらいてまばらかず……

ぼくらは存在の芯まで青ざめて 立ちすくむ

 だろう。

「友愛」も「信義」も「信条」も瓦礫と化し

ぼくらが依拠するいっさいの「価値」は

空無に等しいものとなるだろう。

彼ら 稀薄な男たちーー

ぼくらの内部の遠い夕焼けにすきとおり

渚に沿って果てしなく歩き

いちめんの雨に消え

そして晴れた夏の午後 ぼくらの生の人絶え

 た裏通りを

静謐のようにしのびやかに素足で過ぎる。












 「詩学」 S51年6月号





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